読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

過去と未来が出会う場所

「ひと」の場を構築するために

読書まとめ(3/31〜4/21)

1.身体化された心―仏教思想からのエナクティブ・アプローチ

身体化された心―仏教思想からのエナクティブ・アプローチ

身体化された心―仏教思想からのエナクティブ・アプローチ

エナクティブ・アプローチ(行為から産出される世界)を通して、現象学的アプローチの問題点を、多くの事例を示して指摘している。

なお、本書の真髄は、瞑想経験のように、行為、実践を伴ってエナクティブな感覚を会得するものだ。理論はその後に付いてくるものであり、この点において、通常の読書(なにかを理解すること)とは異なる。いわば体験の書である。

仏教の経典のように何度も読みながら、エナクティブ・アプローチの輪郭を感じ取ろう。



2. 現れる存在―脳と身体と世界の再統合

現れる存在―脳と身体と世界の再統合

現れる存在―脳と身体と世界の再統合

本書では、ヴァレラが反対した「認知の本質は表象である」という考え方に好意的である。 情報処理に基づく分析手法(ただし、中央集権的ではなく、再帰的ネットワークという)を多用している。 このような科学的アプローチを媒介にして、身体・行為・世界から心を説明する試みを可能にしている。



3.知能の原理 ―身体性に基づく構成論的アプローチ―

知能の原理 ―身体性に基づく構成論的アプローチ―

知能の原理 ―身体性に基づく構成論的アプローチ―

ロボット開発が持つ問題点 「参照フレーム問題」(ロボットへの行為の命令にたいして、従来のデータベース的な解決策では、記憶領域が爆発してしまう) 解決策 そもそも生命は環境との相互作用から行為を産出する。 つまり、それが何かを知ることなく、なにをするか(どこに進むか)を決められる。

ニューラルネットワーク問題」(強力な並列プロセッサがあったとしても、それだけではロボットのためのニューラルネットワークの設計問題を解くことにはならない。)

解決策 ネットワークはロボットの形態とともに開発する。 環境との能動的な相互作用を利用することで、感覚刺激をうまく生成する。

ありが作る行列は、なぜそうなるのか、いったいどうやれば良いかという問いかけを無効にする。このような自己組織化の考え方と、「知能は身体を必要とする」という身体性を有するシステムをミックスさせた、人工知能、人工生命の新しい地平を示している。



4.野性の知能:裸の脳から、身体・環境とのつながりへ

野性の知能: 裸の脳から、身体・環境とのつながりへ

野性の知能: 裸の脳から、身体・環境とのつながりへ

著者は、主に霊長類の行動と環境・認知のかかわりについての研究者。この研究の応用として、ロボット開発のフェーズシフトを訴えている。

「脳は行動の司令官」、「脳は記憶の貯蔵庫である」という考え方を捨てて、 「身体と環境の相互作用によって行動は生まれる」「記憶は行動の再記述である」という立場から、発達心理学、生態学的心理学の知見を応用している。

第10章の発達心理学(ヴィゴツキーピアジェなどの研究)が、今後のロボット開発の重要なヒントを与えているような気がする。

気になる箇所 プリンターの中央制御司令の輻輳の解決策(p.248) 赤ちゃんの把持行動(p.259) 「身体図式」こそ知覚領域の中枢(p.254) 五感のマルチモダリティ(p.268)



5.人工知能と人工生命の基礎

人工知能と人工生命の基礎

人工知能と人工生命の基礎

人工知能に関する古今東西の研究事例を示している。 (ランダムネス・カオスの縁(カウフマン)・ベンフォードの法則・スケールフリーネットワーク

印象に残った点 1.「GOFAI」から「新しいAI」へ フレーム問題や記号設置問題などの基本的な人工知能の問題んを解決した。

人工知能とは、知能に関してのなにかしらの問題を見つけることである。問題が解かれた時にはすでに人工知能のターゲットではない。」

「人工生命ではそれが大した問題ではないことを発見し、別の形式で問題を提起した。」

2.「生命を創って理解する」という構成主義的手法

3.「生命とは情報である」 「生命とは生物的なロボットを動かすソフトウェアである」 このような考え方(還元主義)に対する批判(生物的な階層構造に、より注目する)がある。



6.生命と場所―意味を創出する関係科学 (BOOKS IN・FORM)

自律的に作動する生命としてのコンピュータの構想が、80年代に行われていた。いわゆる、ニューラルネットワーク系譜とオーバーラップするが、データを外からあたえて、他律的に(アルゴリズム的に)コントロールすることとは異なる言及がなされている。現代の人工知能に対する画一的なイメージを打破させる。



7.生命知としての場の論理柳生新陰流に見る共創の理 (中公新書)

生命知としての場の論理―柳生新陰流に見る共創の理 (中公新書)

生命知としての場の論理―柳生新陰流に見る共創の理 (中公新書)

人工知能と身体性に関わる省察

重要点 1.「リアルタイムの創出知」合気道とロボットの研究(p.23,43)

2.人工知能の理論には「脱学習」がない。(p.85)

3.科学は、対象を(自他分離的に)外側からとらえるという立場のため、「見えない自己」「見えない身体」の存在に気づいていない。また、仮に気づいたとしても、それを取り扱う論理を持っていない。(p.78)

4.3.の克服に、西田哲学の「場所」の概念とライプニッツの「モナド」の対比を援用して、「即興劇モデル」という独自の理論を生み出している。



8.生命の建築―荒川修作・藤井博巳対談集

生命の建築―荒川修作・藤井博巳対談集

生命の建築―荒川修作・藤井博巳対談集

「覚え書き」 まず身体の行為とその与えられた風景や建築的環境と、新しい知覚や感覚の降り立って行く場所とのアンバランスによって、瞬間瞬間に起こる出来事から、幾つかの振動する現象が発生するでしょう。その「遍在の場」は、必ず複数の地平を四方に出現させます。 そして、前・中・後景と呼ばれていた場所が「同化される一瞬」があるでしょう。そのときいわゆる距離と呼ばれていた現象が消失するだろうと思っています。そして、その消失によって発生したフィールドは、いろいろなテクスチャーを呼び出してくると思います。 その外側、内側、およびそれらを生成させている環境のなかに既知なこと、また何となく何かに似たり、相似した「こと」を見つけ出したときに、身体(肉体)の延長としてのお化けの遍在の場を、経験することができると思いますが……、いかがですか。



9.建築‐宿命反転の場―アウシュヴィッツ‐広島以降の建築的実験

建築‐宿命反転の場―アウシュヴィッツ‐広島以降の建築的実験

建築‐宿命反転の場―アウシュヴィッツ‐広島以降の建築的実験

エンパイア・ステート・ビルディングから飛び降りる思考実験からはじまる論考。

精神分析医は、患者の過去の痛ましい記憶を想起させて、現在の経験のあり方を再編させることで治癒させるが、患者は何が起きたのかわからないし、医者も自分の治療について何も語り得ない。もし語ったとしても、自分のやったこととズレが生じてしまう。

ここで起きていることは、過去の現象を思い起こすことで、経験の中に入っていくという行為である。 ここでの意識は、知るという働きではない。場所を保持する、スキマを開く、躊躇する都という働きである。

つまり、過去をもう一度構築するためにその場を作る。 意識を位相化する。

ここで語られるのは、ランディング・サイトの3形態である。 知覚の降り立つ場 イメージの降り立つ場 建築の降り立つ場

荒川は、このような経験を都市に生きる全ての人間が実行するべきだと語る。

人間はまず宿命にもう一度入り込んで、いかに、そしてなぜなのか、ついにはきちんと知りえないようになっている宿命の中で、自分を位置づけし直さなければならない。(P23)